nは、衝動[#「衝動」に傍点]の前に、譲歩[#「譲歩」に傍点]しなければならない。――アルフレッド・ヴェーバーの文化社会学にとって、あれ程審美的・唯美的・な本質であった処の高踏的な「精神」――文化――は、茲まで来ると、現実的な、あまりにも非唯美的な、衝動[#「衝動」に傍点]を背景に有たねばならぬこととなる。かしこに於て創造の力を有っていた精神――文化――は、茲では単に衝動に対する消極的な嚮導[#「嚮導」に傍点]だけをその役割として残される。文化・精神は、シェーラーによって、そのドイツ観念論的な王座からひき降ろされる。
だが、精神・文化は、このようにして譲歩[#「譲歩」に傍点]するのでなければ、もはや救済[#「救済」に傍点]され得ない。シェーラーによれば、ヨーロッパ文化だけが唯一の文化ではない、世界の文化は複数[#「複数」に傍点]なのだ、ヨーロッパ文化は東洋的――例えば印度・支那――文化と平均されることによって、却って現在の実証主義の圧迫から遁れることが出来る。――文化を文明[#「文明」に傍点]から護るためには(元来ドイツ的であった)文化を、東洋其他にまで、コスモポリタン化されねばなら
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