Uり当てられることとなる。精神それ自身は、根本的には可能的な文化内容を実現[#「実現」に傍点]する力[#「力」に傍点]とか働き[#「働き」に傍点]とかいうべきものを少しも持っていない。それは単に文化内容の可能的な様態を予め[#「予め」に傍点]決定出来るだけである。精神は本来から云うと、文化内容の決定要因[#「決定要因」に傍点]ではあっても、決してまだその実現要因[#「実現要因」に傍点]ではない。この可能的な文化内容に選択[#「選択」に傍点]を施すことによって、之を実現に齎す処の要因――その意味に於ては消極的な[#「消極的な」に傍点]実現要因――は、精神自身ではなくて、却って実在的・な衝動による・生活諸関係なのである*。――原理的にすでにそうであるが、文化の実際の歴史的内容になると、即ち一定の実在的要因と一定の観念的要因とがすでに結合して与えられている文化の実際内容になると、之に対する精神の働きかけ方は、更に一層制限されて来る。こう云った文化内容が新しく可能的になる[#「可能的になる」に傍点]ためにも――前の場合よりも一段前である――もはや精神は無力である。この文化内容が可能的になること
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