ereyer, Soziologie als Wirklichkeitswissenschaft, S. 21 ff.)。
[#ここで字下げ終わり]
彼によれば文化――そして之は間接にはその対立物である文明をも部分として含まねばならなかったが(初めを見よ)――は、精神[#「精神」に傍点]の、社会に於ける表現[#「表現」に傍点]である。夫は人間の生活結合と之に応じる態度との表現であり、心的本質[#「心的本質」に傍点]の心的表現[#「心的表現」に傍点]なのである。精神はこの表現を通して、文化的面貌[#「文化的面貌」に傍点]・文化的骨相[#「骨相」に傍点]を示す。そこには歴史的・社会的 Konstellation が与えられる*。――だが読者は注意しなければならない、表現という概念が本来芸術=詩にプロパーなものであったという点を。審美的象徴こそ表現のプロパーな特色ではないか。そうすれば表現がすぐ様、第一に個性的・個体性格的・な表現を意味せねばならぬことは至極尤もだろう。――で精神のこの表現である文化は、おのずから個性的・個体性格的なものと考えられるのも当然である。実際ヴェーバーによればそれ
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