シ観――などによることにはならないのだ、とそうヴェーバーは警告する*。
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* Ideen, S. 6―12.
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 文化は、歴史は、精神的であった。その奥底には本来、文化哲学[#「哲学」に傍点]が、歴史哲学[#「哲学」に傍点]が、内在していなければならない。だがこの精神的なものが、歴史に於て、物体的[#「物体的」に傍点]な形象[#「形象」に傍点]となって現われるということも亦事実である*。歴史的世界の最も深刻な意味[#「意味」に傍点]――それが精神である――は、単に形而上学的・哲学的・に問題となるばかりではなく、現象[#「現象」に傍点]の世界・形態の世界[#「形態の世界」に傍点]・の内にあるものとしても亦、取り上げられることが出来、又そうでなければならない。優れて精神的であった歴史乃至文化は、社会現象の平面にまで引き降ろされる。夫が文化社会学[#「社会学」に傍点]なのである*。――精神は今や、ヴェーバーの文化社会学によって、ヘーゲル風のイデーの高みから、社会的存在の地上にまで、引き降ろされる。
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