o済社会は商品の集積[#「商品の集積」に傍点]として規定し始められるが、後者によれば夫は人間性[#「人間性」に傍点]や欲望[#「欲望」に傍点]から規定し起こされる。――後者は個人主義[#「個人主義」に傍点]的社会科学であり、前者は之に反して社会主義[#「社会主義」に傍点]的社会科学である。そしてこの区別は外でもない、観念論と唯物論との哲学イデオロギー上の対立に対応するのであった。なぜなら吾々は、観念論の問題が結局個人[#「個人」に傍点]の――意識の――問題である所以を初めに指摘しておいたのだから。
 今マルクス主義社会科学が社会主義的だと云った通り、この社会科学は自分のイデオロギー性=階級性を最も能く自覚[#「自覚」に傍点]していることをその特色とする(ブルジョア社会科学は併し、之を自覚乃至告白することを決して肯んじないのである)。而も之は単にその理論家の主観的な意識に於て自覚されていると云うだけではなくて、理論それ自身の内に之がその規定となって織り出されているのである。マルクス主義社会科学は特に――一般にマルクス主義はそうなのだが――その階級性=イデオロギー性を著しくする。最初に述べ
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