ス所謂理論と実践との統一は実際、そうでなければ得られなかっただろう*。
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* 以上の点に就いては拙稿「唯物史観とマルクス主義社会学」(岩波講座『教育科学』【前出】)参照。
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 社会科学の論理学的[#「論理学的」に傍点]――即ち又歴史的[#「歴史的」に傍点]――イデオロギー性=階級性はこうであるとして、なお外にその社会学的[#「社会学的」に傍点]なイデオロギー性=階級性を見忘れてはならない。数学や自然科学に較べてイデオロギー性の著しかったこの科学は、それだけジャーナリスティックな特色を持っている。ジャーナリズムとは吾々によればイデオロギーの一契機乃至一形態であった。でそうすればそれだけ又、ここではジャーナリズムとアカデミズムとの対立が著しくなって来なければならないわけである。
 アカデミー乃至大学に於ける今日の社会科学は、云うまでもなく主としてアカデミズムの契機と形態とに相当する。そして夫が同時に殆んど凡てブルジョア・イデオロギーの上に立つブルジョア社会科学であることを今は注意しなければならぬ。実際、ブルジョアジーが自己
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