セが――前を見よ)、この方法の最も発達した或いは最後の穴にまで追いつめられた形態は、数学的方法[#「数学的方法」に傍点]なのである。そこで例えばブルジョア経済学の最後の穴にまで追い落された形態は、当然にも、所謂数理経済学[#「数理経済学」に傍点]の如きものとならねばならぬ。この経済学形態――之はオーストリー学派・所謂金利生活者の経済学と不離の関係にある――の要点は、客観的な財や主観的な欲望が数量的に測定出来たり、又之に数学的操作が加え得られたり、又方程式で之の諸関係が云い表わされる、と云ったような点よりも寧ろ、経済関係が経済的均衡[#「経済的均衡」に傍点]として把握されているという点にあるのである。社会諸関係の内から経験的乃至偶然的な――例えば戦争・革命・飢饉・震災の影響・等々の政治的意義をもつ――諸項を捨象し去って、「本質的」な可能性の上での経済的諸関係だけを取り出せば、それは恐らく経済的均衡の外にはないだろう。
経済関係のマルクス主義的・唯物史観的・方法によれば、政治現象は経済的地盤によって終局的に決定されているわけであるから、政治現象は一定の限界に於て、その本質に従っては経済学
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