驍ゥら合目的的に運動することは間違いないが、その運動には何の偶然性もあり得ないから、その目的論は静的なものにしか過ぎない。生物に固有なものは之に反して動的目的論[#「動的目的論」に傍点]である、とそう彼は主張する。
 だから生物には機械的な因果の系列の外に、之と並んで、エンテレヒー(Entelechie)と名づけられる運動の決定要因がなければならず、生物はこの要因によって、他のものから区別された固有法則[#「固有法則」に傍点]を持つ処の自律性[#「自律性」に傍点]を示すのである。生命の固有法則性(Eigengesetzlichkeit)とは之である。
 だが生命のこの新生気論的説明は、真の機械的説明とは少しも矛盾しない、とドリーシュは主張する。何故ならエンテレヒーなる要因は物質でもエネルギーでもなく、又物質やエネルギーを生ぜしめたり消滅せしめたりするような物理的・化学的な外延量[#「外延量」に傍点]でもない、からである。エンテレヒーはただ、物質乃至エネルギーの可能的な諸転換[#「可能的な諸転換」に傍点]の内から、特に或る転換だけを現実[#「現実」に傍点]すべく、合目的的に選択し得る嚮導
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