粕Vに反して生気論者が主張するように、生命現象は到底単なる物理的化学的現象に還元出来そうにもないというのも亦事実のように見える。二つの主張はそこで何とか調停されなければならない。
 新生気説[#「新生気説」に傍点]はこの調停を目指して現われる。H・ドリーシュによれば、生物即ち有機体が他の無機体と異る点は、それが因果系列の上で・構造の上で・又機能の上で、調和性[#「調和性」に傍点]を有ち、且つ調整の能力[#「調整の能力」に傍点]を持っているということにある。こうしたものは所謂目的論[#「目的論」に傍点]に外ならないが、目的論にも彼によれば二つのものを区別しなければならない。第一は、事物の時間上の発展の予定された可能的運命と実現する現実の運命とが一致している場合で、静的[#「静的」に傍点]目的論であり、第二は之に反して、この可能的運命が現実的運命と一つではなく、前者の諸可能性の内からどれか一つの可能性だけが一種の偶然性[#「偶然性」に傍点]を以て選択されて実現される場合である。之が本当の――動的な[#「動的な」に傍点]――目的論だと考えられる。機械のようなものは一定の目的の下に構成されてい
前へ 次へ
全378ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング