轤ネい――夫も亦後に吾々は見るだろう(第二部)。
[#改段]
[#1字下げ]第三章 諸科学のイデオロギー論[#「第三章 諸科学のイデオロギー論」は中見出し]
[#3字下げ]一[#「一」は小見出し]
イデオロギー論にとっては一切の文化が、その科学的批判[#「科学的批判」に傍点]の対象である。一切の文化はその本質に於てイデオロギーでなければならないからである。併し之まで一般に文化の批判と呼ばれていたもの――その代表的なものは批判主義[#「批判主義」に傍点]の哲学である――と、イデオロギー論とは無論一つではあり得ない。一体批判主義の一般的特色は何であったか。
ドイツ観念哲学の用語例に従うならば、哲学は形而上学[#「形而上学」に傍点]と認識論[#「認識論」に傍点]との二つの部門に少くとも分けられる。吾々は今は、形而上学という概念を弁証法に対立させて用いなければならない理由があるので、そこでは形而上学という概念はおのずから又別な規定を持って来ているのであるが、それは兎に角として、哲学は一応この二つの部分に分けられるとそう近代ドイツ観念論者は考える。処が当然なことであるが、この二つ
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