ニが、本格的であったということが判る。
 従来の多くの支配的な哲学――吾々はそれを正当な理由で広く観念論と呼ぶことが出来る――は、意識[#「意識」に傍点](乃至観念[#「観念」に傍点])から出発する、それがこの哲学の問題の地盤であり問題解決の鍵の所有者であり、又最後の解答者でもあるのだ。

 だが実際、意識とは何であるか。
 意識は無論哲学者だけにとっての科学的問題ではない、之を何よりもの固有な問題とするものは寧ろ心理学者であるように見える、心理学とは、心(Psyche)の、即ち又意識の、学でなければなるまい。併し心理学と雖も、一旦之が意識だと一応決められたものに就て、その意識の構造・機能・諸条件が何であるかは明らかに出来ても、抑々如何なるものを意識と呼ばねばならぬかは、最も基本的な問題であるにも拘らず、決して一義的には科学的に決定出来ない。それは必ずしも心理学が発達していず又はその基本的な省察が未熟であるからではなくて、其他の諸科学全般に於てもこの点に余り大した相違がないのである。でこの点は恰も一般に科学にとっての基礎概念――心理学では夫が意識である――が、もはや単純には科学[#「科学」に傍点]にだけぞくし得ない処の常識的[#「常識的」に傍点]な日常概念[#「日常概念」に傍点]と接触している最もデリケートな活き活きした点である、ことを告げている。実際、意識という概念は、それが専門的な心理学者によってどう決定され又どう是正されようとも、それとは可なり独立に、世間的に、常識的に、併し定義すべからざる厳密さを持った一定概念として、通用しているのである。
 殆んど総ての概念がそうであるが(例えば感覚[#「感覚」に傍点]は心理学的に云えば一つの単純な心的要素に過ぎないが日常的には認識・判別・批評的判断・性格的能力・などの極めて複雑な力を意味する――センス)、専門的な概念――夫はやがて術語となる――は他方に於て日常的な概念と平行し複合しているのを常とする。と云うのは科学的諸概念は元々常識的な言葉から洗練し出されたものに外ならないからである。
 処で、意識が、心理学的な、或いは最も著しい場合を採るのが好都合とすれば実験心理学的[#「実験心理学的」に傍点]な、概念であると共に、同時に吾々が日常用いている一つの常識概念でもあるということが、この概念の色々な困難を用意する。――心理学者は、だから、どれ程科学的であろうとも、必ずしも意識という概念の説明に於て権威を有つものではない。心理学的意識概念は、常識的な概念乃至用語のセンスによって、裏切られる。――一つとして数学の名辞のように定義出来る日常概念はない、誰が一体机を定義出来るか、誰が一体家を定義出来るか。こうした概念の諸規定はそれに対立した諸規定によって、順々に否定されることによって、初めてほぼ纏った一つの概念となることが出来る。ヘーゲルが指摘する通り、凡そ概念と呼ばれる限り、それは弁証法的なものであらざるを得ない。――意識の概念も亦そうした弁証法的な概念であることを今、忘れてはならぬ。
 心理学、その代表的なものは実験心理学であるが、この科学にとって、意識とは常に個人[#「個人」に傍点]が有っている意識のことを意味する。考え方によっては個人ばかりではなく団体も亦――群集・法人・民衆・国民等々――意識を有つと云われなくはないが、そうした団体のもつ意識も実は、個人の有つ意識の概念を基準として、初めて意識の名を与えられることが出来る。個人のもつ意識という概念は、一切の意識の概念のモデルと考えられる。個人の意識[#「個人の意識」に傍点]と群集の意識[#「群集の意識」に傍点]とが異ることを、或る心理学者達がどれ程強調しようとも、両者が同じく意識と呼ばれる理由は、外でもない両者とも同じく、個人的意識[#「個人的意識」に傍点]――もはや必ずしも個人のもつ[#「もつ」に傍点]意識に限られない――だという処に横たわる。
 実際、実験心理学(従って、又一般に心理学)が、生理学――それは生物個体[#「個体」に傍点]に関する理論である――にその物質的基礎を求めなければならない以上、その意識の概念は個人的意識[#「個人的意識」に傍点]である外はない。――だがこの点は、謂わば哲学的心理学[#「哲学的心理学」に傍点](F・ブレンターノの『経験心理学』やナトルプの『一般心理学』)・現象学・哲学(「先験心理学」其他)などに於ても、今まで少しも変る処はないのである。哲学的心理学や現象学乃至哲学などに於ける「意識」は、――最も特徴ある場合を採るとして――それが如何に「純粋意識」(フィヒテ、フッセルル)であろうと「意識一般」(カント)であろうと、要するに個人のもつ意識(それは個人意識とか経験的意識とか呼ばれる)から蒸溜されたもので
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