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* G. Plechanow, Die Grundprobleme des Marxismus[#「Marxismus」は底本では「Maxismus」], S. 31 (Marxistische Bibliothek).
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 社会人の心理[#「社会人の心理」に傍点]乃至イデオロギー[#「イデオロギー」に傍点](意識形態としての)概念は単にプレハーノフに限らず多くのマルクス主義者によっても、まだ充分に展開されていないようである。社会と意識との実質的な関係の問題を本当に説くことが出来ないと併し、歴史社会的存在の下層建築と上層建築との弁証法的関係を、この点に就いて、唯物史観によって充分に具体化すことが出来ない。

[#3字下げ]二[#「二」は小見出し]

 元来、社会人の心理――それが結局何でなければならぬかは後にして――乃至文化形象を、単に記述するに止まらず、分析し説明する為めに統一的な方法を提供したものこそは、云うまでもなくマルクス主義であった。マルクス主義は一面に於て、文化形象を説明する組織的な方法である。処で現在、このような説明原理に多少とも比較出来るものは、恐らくまず第一にフロイト主義[#「フロイト主義」に傍点]でなければならないだろう。実際マルクス主義とフロイト主義との間には仮にその比較が不倫であるにしても、多くの類似点を指摘することが出来る。フロイト主義は一方に於て精神病理学の臨床的技術であると共に、それと平行して又一つの世界観をなしている。夫は丁度マルクス主義が社会革命の実践的方法であると共に、一つの普遍的な世界観である、という事情と似ていなくはない。併し、こと世界観に関するならば――そしてこれが世界観であればこそ初めて文化説明の原理ともなれるのだが――二つのものが同じく世界観であるという点で類似している、と云って済ますことは出来ない筈である。二つの世界観の異同・優劣が直様問題とならざるを得ない。今日、マルクス主義とフロイト主義との関係が(主としてマルクス主義者の側から)、相当真剣な問題として取り上げられるのは尤もである。
 フロイト主義を二つの層に分解することが出来る。第一は精神分析[#「精神分析」に傍点]、第二はリビドー理論[#「リビドー理論」に傍点](精神分析はフロイト主義に限ら
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