の組織を持った「観念体系」の概念が必要となって来る。このような観念形態[#「形態」に傍点]こそ、イデオロギーの概念であった。さてこのようなものが知識社会学の成立のための要素である、知識社会学がイデオロギー論とならねばならない理由は茲に与えられた**。
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* K. Mannheim, Das Problem einer Soziologie des Wissens (Archiv f. Sozialwissenschaft und Sozialpolitik, Bd. 63, 1925) S. 593.
** 同じく S. 589―90.
[#ここで字下げ終わり]
 思想は夫々理論上の――「精神上の」――「立場」に基いて性格づけられる、そして立場は又「問題」によって決定される。それ故或る一時代[#「時代」に傍点]に存在する諸思想は、「問題の星座分布」によって位置づけられることが出来る。併しながら、この問題[#「問題」に傍点]や立場[#「立場」に傍点]が歴史的[#「歴史的」に傍点]に生起することを忘れてはならない、それは「社会上」の立場[#「立場」に傍点]――「精神上の」に対して――と関係せられることによって初めて捕捉されることが出来る*。精神上の・体系としての・立場と、社会上の立場とを、このように関係づける処に、思惟の社会学の本来の仕事が初めて生じて来る。思惟が存在と連関する仕方は併しながら、必ずしも、思惟が直接に[#「直接に」に傍点]「利害関係によって動かされる」ことには限らない(マンハイムによればマルクス主義的イデオロギー観は之だという)、そうではなくて、より広義に之を理解して、思惟が間接に[#「間接に」に傍点]利害関係によって動かされること、思惟が存在と「関数関係にある」こと、“Engagiertsein”[#「“Engagiertsein”」は横組み] と呼んで好いようなもの、がそれであると考えられる。思惟のスタイルは、世界観のスタイルという迂路を経て初めて、経済的・政治的・組織に対応せしめられることが出来る。階級という社会層が、世界観的な意志を経営する精神層を通じて、初めて、精神上の――もはや社会上のではない――立場に交渉するのであると考えられる。それ故認識社会学――イデオロギー論――の主な目的はこうなる。まず第一に
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