ずこの点に於てである)。
さてこう考えると、今云って来たような哲学が、恰も形而上学[#「形而上学」に傍点]の反対物であることを人々は気付くだろう。何となればこの哲学の性格は弁証法[#「弁証法」に傍点]にあったのだから。そこで、吾々は前に宗教・神学を問題外に追放したが、今度は形而上学をも追放しなければならなくなる。形而上学とは、もはや一つの独立[#「独立」に傍点]な知識の種類ではなくて、弁証法的な知識に対する不完全[#「不完全」に傍点]な知識に過ぎなくなったのだから。今や、形而上学は、もはやシェーラーに於てのように哲学を代表することは出来ない、それは哲学の新しい代表者たる弁証法の反対者として、積極的に追放されねばならなくなった。かくて純粋に単なる哲学――もはや形而上学ではない処の――と実証科学とが残される。その両者が処で、特定な意味に於て弁証法的統一をなしたのであった。――哲学と実証科学とを絶対的に区別することが如何に無意味であるかを知るためには、人々は一寸、社会科学のABCをのぞいて見れば充分だろう。一体社会科学は哲学ではなくて科学であるのか、又は科学ではなくて哲学であるのか、そして社会科学のどこまでが科学であり何処からが哲学であるのか。
シェーラーの絶対的な三種の知識の区別は、このようにして止揚される。
コント流の知識三段階説に対するシェーラーの批判は無力に終ったかのようである。啓蒙期フランスの思想の一変容である実証的精神[#「精神」に傍点](esprit)は、人間的理性の過信・歴史的不合理性の否定・であり、之に反してドイツ的「精神」(Geist)は歴史の尊重を意味する、と普通考えられないでもないに拘らず、茲では関係が逆になって現われる。知識[#「知識」に傍点]が真理へ接近する過程に於て歴史[#「歴史」に傍点]が受け持つ役割は、少くともコントに於ては実証科学への推移として受け入れられているが、之に反してシェーラーに於ては却って斥けられる。真理[#「真理」に傍点]に対して歴史が持つ決定力、歴史的原理[#「歴史的原理」に傍点]は、シェーラーにあっては問題となることが出来ない。コントの思想自身がシェーラーによれば、歴史的発展段階[#「歴史的発展段階」に傍点]に相応するものでなくて、却って云わば何等か地理的分布[#「地理的分布」に傍点]に関わるもののようである。実
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