A「マルクス主義は唯物論とは何の関係もない」云々(M. Adler, Wissenschaft u. soziale Struktur ――前掲書―― S. 187, 189, 192, 210 を見よ)。
[#ここで字下げ終わり]
さて吾々は要約する時に来た。
「文化社会学」と名乗る「社会学」は、ドイツ観念論哲学――ヘーゲルのカントの又遠くはスコラからさえの――社会学的な分析に外ならない。それはドイツ古典哲学の終焉の後に、社会学という保護色の下に今日まで生きのびた、落胤である(アルフレッド・ヴェーバーの歴史主義的伝統に於ける文化社会学は、この点を最も好く代表していはしなかったか)。それは云わば一つの――尤もカルヴィニズム運動などに較べるべくもなく小規模ではあるが――資本主義の精神[#「資本主義の精神」に傍点]だったのである。だから夫は今日マルクス主義的イデオロギー論と、同じ戦野に於て正面的に対峙せざるを得ない歴史的宿命を有っている。で文化社会学は今や、資本主義のこの「精神」を、即ち又文化[#「文化」に傍点]を、その必然的な衰亡[#「必然的な衰亡」に傍点]から救済[#「救済」に傍点]するために、或いはマルクス主義と一戦を交えようとし、或いはそうでなければマルクス主義と妥協しようとする(マックス・シェーラーの文化社会学乃至知識社会学は前者であり、エミール・レーデラーの文化社会学などは後者である)。――かくて、わが「文化社会学」は、今や当然なことながら、ブルジョア観念論一般[#「ブルジョア観念論一般」に傍点]と共に、その行動と運命とを頒たねばならないだろう。「文化社会学」の終る処に、真の文化社会学[#「文化社会学」に傍点]が始まるのである。
[#改段]
[#1字下げ]第五章 知識社会学の批判[#「第五章 知識社会学の批判」は中見出し]
[#3字下げ]一[#「一」は小見出し]
「知識社会学」は文化社会学[#「文化社会学」に傍点]の一つの――併し最も主なる――部門である。吾々は今知識社会学の、論理学的[#「論理学的」に傍点]なイデオロギー条件を主として分析しよう。人々はここでイデオロギーに於て、論理的条件と歴史的条件[#「歴史的条件」に傍点]とが、どれ程完全に平行するものであるかを知るべきだ。
知識社会学は、社会学の非常に新しい一つの分枝である。それは精々
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