。する外はなくなるであろう。例えば自然という問題が立場へまで移行する時、自然主義とも呼ばれるべき自然科学の形而上学[#「形而上学」に傍点]が成り立つと考えられるであろう。この場合形而上学という言葉によって立場の独断的拡大を人々は理解する、そして立場のこの独断的拡大がとりも直さず、問題の没批判的拡大に外ならない。立場はであるから、問題の没批判的拡大を意味する危険をもっているのである。故にもし人々が理論に就いて、問題[#「問題」に傍点]の概念を把握する代りに立場[#「立場」に傍点]のそれを把握しようと欲するならば、そこには問題の没批判的拡大[#「問題の没批判的拡大」に傍点]の誤謬に陥る危険を防ぐ手懸りがないかも知れない。即ち茲に、普通の意味に於て批判的な、というのは立場の整合を吟味した限りに於て批判的な、立場もこの点から見てなお没批判的であり得ることを、人々は見るべきである。例えば人々は意識の問題を整合的に解決することによって、即ちそのような立場に立って、実は恰も意識の問題に対して疎外的であることをその特色とする問題――例えば物質概念がそのようなものと考えられている――を解こうと試みる。そ
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