モ味しているであろう。古典的本文の前後の文章、又は同じ著者乃至同じ原本の異った多くの本文の間の、矛盾の芟《さん》除が、所謂内在的批評であるかのように見られているのが事実である。内在的批評は理論の整合――立場――を唯一の媒介とするから、之から発生する問題は既成的でしかないのは、前に述べた処によって必然である。之に対して同様に、超越的批評に於ける問題は常に突発的でなければならないわけである。――さて内在的批評は普通、立場の最も健全な批評であるかのように考えられるかも知れない。立場の不完全は必ず何かの矛盾となって現われるであろうから、それであるから――そう人々は推理する――この矛盾を指摘することが立場の不完全を暴露する最も確実な手続きであるかのように考えられるかも知れない。併し矛盾を含まない整合としての立場が、等しい資格の而も異った他の立場に対して、水掛論を構成し得たことを人々は忘れてはならないのである。それ故この二つの立場に就いて銘々内在的批評を行うている限り、二つの立場の優劣を原理的に決定することは出来ない筈である。かくて事実上、立場の批評なるものは目的を遂げることが出来なくなる。最も成
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