烽フは、恐らく問題としての立場[#「問題としての立場」に傍点]であって、決して立場としての立場[#「立場としての立場」に傍点]――[#「――」は底本では「――――」]それは整合であった――を意味するのではないであろう*。実際何人も単なる整合――整合としての整合――からは出発[#「出発」に傍点]しない、たといその理論をそれに還元[#「還元」に傍点]しようとするとも。もし之から出発するならば「AはAである」こそ唯一の内容である筈である。偶々自我が問題[#「問題」に傍点]であればこそ、[#横組み]”A ist A“ [#横組み終わり]は [#横組み]”Ich bin Ich“ [#横組み終わり]の出発点[#「出発点」に傍点]と見えるのである(それ故 [#横組み]”A ist A“[#横組み終わり] はフィヒテ知識学の唯一の出発ではない)。整合としての整合からは何人も出発する動機[#「動機」に傍点]を得ることが出来ない。整合は立場であった。故に何人も実際の動機に於ては立場から出発しているのではない。ただ問題としての、問題が立場の衣を着けた限りの、立場からのみ出発出来る。このような立場――人々が
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