ことなのであるから。それ故、問題の解決ばかりではなく、問題の選択それ自身が理論的[#「理論的」に傍点]――感傷的ではなく――であり、客観的であることが重大な条件なのである。問いに於ては無く、ただ問題に於てのみ重大なこの条件は、とりも直さず問題が社会的[#「社会的」に傍点]――そして社会的とは常に歴史的[#「常に歴史的」に傍点]を意味する――に規定された事物であることを云い表わす。故に人々は今、問題を単に問いとしてではなく、正に問題として理解しておくことが必要なのである。
実際、もし人々が如何なる問題でも問題となし得ると空想するならば、如何なる問いにも問題という資格を与え得ると想像するならば、その人は全く問題の概念を有たないことが其処に証拠立てられているのである。何となれば問題こそは、他の問題に対して、自己の問題としての資格を主張するのに最も熱心ならざるを得ない概念であるのだから。或る時は、生か死かそれが、問題[#「問題」に傍点]なのである、そしてその他のものは問題ではない。問題は主観的に自由であるのではない。そしてこのような問題の概念なくして問題意識なくして、理論し得ると思う者は又、
前へ
次へ
全268ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング