傍点]かは、彼を強制し又は彼が模倣しようとする超個人的な社会――但し個人と個人との相互関係と云うようなものではない――からは独立に、彼の個人的自由に任されて好いことである。然るに個人が、何を問題[#「問題」に傍点]とするか、如何なる問題を有つか、ということは、決してそれ程個人的な主観的な放恣に委ねられてはならない。何となれば問題は常に社会的存在としての理論乃至科学(学問)から、又は之に直接関係するものから――例えば説話・世論等々から――課せられて初めて問題となるのであるから。それ故、問題は問いとは異って、それが他の問題に先立って選ばれた客観的な理由を示すことが出来るのでなくてはならない。と云うのは、その問題が例えば単に主観的に切実であり深刻であるからという理由によっては――かかる多少感傷的な理由からは――、その問題を選択する権利は産まれない。問題の解決[#「解決」に傍点]の権利がないというのではない、問題の選択[#「選択」に傍点]の権利が生じないと云うのである。なぜかと云えば何が凡そ人にとって切実であるべく深刻であるべきかこそ、正に一つの問題であり、又問題の選択如何によって初めて決まる
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