題である。というのは、恰も知ることが欠くべからざる出発であり(何となれば知ることを予想せずしては知らないと云うことすら出来ないから)、又自我の存在が欠くべからざる出発である(何となれば自我が存在しなければそれが存在しないと云う主体が第一失われるから)、と考えられると同様に、問いは人間的存在の意識に於ける恰もそのような出発[#「出発」に傍点]であり、そして又そのような絶対的出発[#「絶対的出発」に傍点]である、というのである。或いはデカルト的・或いはフィヒテ的・体系[#「体系」に傍点]がかかる絶対的出発から出発したように、問いは或る一つの体系の出発をなすのであり、それが体系[#「体系」に傍点]の出発である点から必然に或る意味に於ける絶対的出発である、というのである(体系と絶対性との関係は後を見よ)。一種の存在論としての体系がそれから出発しなければならないと考えられるこの問い[#「問い」に傍点]なるものは(又より以上形式的な場合、論理学に於て、判断を呼び起こすもの又は肯定と否定との中間領域をなすものと考えられるかの問いも亦)、併しながら、充分な意味に於て吾々の今謂う所の問題[#「問題」に傍
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