に理論出来ないであろうか。もし出来るとするならば、それは性格概念なるものがこの種類の理論に於て性格的[#「性格的」に傍点]に機能し得る証拠であるであろう。
 最後に注意すべきは、形式論理学[#「形式論理学」に傍点]――それは非性格的である――をば、それが形式性を持つにしても持たないにしても、性格的なるものにまで拡張しなければならない、ということが必然的に要求されることである。何となれば吾々は已に概念[#「概念」に傍点]を二つの種類に区別することによって、性格的概念――それは従来の形式論理学に於ける概念とは異る――を有ち得たからである。そして之は又判断[#「判断」に傍点]乃至推論[#「推論」に傍点]に就いてもそのまま行われるであろう。理解――性格的理解を他から吾々は区別した――とは形式論理学に於ける判断乃至推論に相当するであろうから。真理の概念も亦性格的なるものにまで及ぼされなければならない。恐らく吾々は性格的な論理法則を必要とするであろう。処が恰も吾々にとって最も興味あるものは形式論理学に於ける虚偽論でなければならない。と云うのは虚偽は形式論理学に於ても必ずしも非性格的ではないであろう
前へ 次へ
全268ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング