めて成り立つことが出来るであろうから。処で性格的なる解釈による学問性は常に主義[#「主義」に傍点]となって現われなければならない。かくて性格的真理は常に主義として現われる。人々は不幸にしてこの消息を非科学的にも次のような言葉を以て云い表わそうと欲する。学問と体験とは一致しなければならない、学問は人格の修養に役立つべきである、等々。恐らく数学者は彼の体験で方程式を解き得なければならず、又彼は方程式を解くことによって人格の向上を計り得なければならぬのであろう。
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* かくて例えばリッケルトに於て、歴史科学は価値への関係づけを以て叙述の方法としなければならないと考えられる。一般に、自然科学と歴史科学との限界は実は学問的真理の二つの形態の性格的区別に帰せられるべきである。
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性格的概念は、性格的理解・性格的真理・性格的学問性の概念を伴う。之に対するものは夫々の非性格的なるものとして区別せられる。性格概念を指摘することによって性格的なるものと非性格的なるものとを区別する時、概念・理解・真理・学問性・等々の夫々の概念が、より明らか
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