フ構造自身の内に、存在の政治的条件を反映せざるを得ないであろう*。科学の大衆化はそれ故、科学が真理であるか虚偽であるかの価値に関わる。科学が大衆性を持つか持たないかは、科学の外から科学に付加されたどうでも好い条件ではなくして、科学そのものの根本的な本質的な条件をなす。そのことを吾々は実は最初から云っておいた。処が又吾々は已に、科学の云わば超大衆性[#「超大衆性」に傍点](アカデミーがその代表物)と非大衆化[#「非大衆化」に傍点](俗流化がその代表物)が大衆化によって批判さるべき二つの虚偽[#「虚偽」に傍点]であることを見てある。科学の大衆化とはであるから、科学の真理性[#「真理性」に傍点]の一つの名でなければならなかった。日常的科学は今日、大衆性[#「大衆性」に傍点]を持つことによって、初めて、真理[#「真理」に傍点]となることが出来る。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* この点を明白にするために私は「論理の政治的性格」を書いた。
[#ここで字下げ終わり]
それであるから最後に、科学の大衆性は、論理の階級性[#「論理の階級性」に傍点]の一つの名に外ならない*。そして論理
前へ
次へ
全268ページ中266ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング