エ理なるものはそれが大衆的であるだけそれだけ、却って科学的でなくなる筈である。
[#ここで字下げ終わり]
 第三に、大衆を組織化するものは大衆みずからであった、大衆を組織化するものは非大衆ではなかった。従って科学の大衆性を保証する者も亦大衆みずからでしかない。それ故に又実際に科学の大衆性を保証するためには、科学の研究方法[#「研究方法」に傍点]それ自身が大衆的[#「大衆的」に傍点]――組織化的[#「組織化的」に傍点]――でなければならないわけである。というのは、研究の内部的な手続きが体系化でなければならぬというのではない(夫は云うまでもなく必要である)、研究者自身が相互に――政治的に――組織化されざるを得ないと云うのである*。――この第三の規定は、科学大衆性の第一・第二の規定から来る至極当然な結果に過ぎない。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
* 座談会・読書会・研究会・研究所・等々が、大衆的科学の科学自身の性質[#「科学自身の性質」に傍点]から云って必然である所以は、茲にある。所謂教育[#「所謂教育」に傍点]――それは現在科学[#「科学」に傍点]と何等関係がないのにも拘らず
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