「。問題の高踏化・主観化はその結果であった。アカデミー化の虚偽はであるから、アカデミーそのものの存在の不幸の内に横たわる。
 かくてアカデミー化はアカデミーの或る超社会性――従って又一応の超階級性[#「一応の超階級性」に傍点]――の結果であった。――処で科学の大衆化は科学の或る意味での階級化[#「階級化」に傍点]であった。その限り科学の大衆化とアカデミー化とは最も適切に対立するようである。併し、階級が対立物の概念である以上、一つの[#「一つの」に傍点]階級化は他の[#「他の」に傍点]階級化とこそ正面から対立すべき筈である。その限り科学の大衆化とアカデミー化との対立は、側面からの・間接な・二次的な・対立でしかない。
 科学の大衆化[#「大衆化」に傍点]に正面から・直接に・一次的に・対立するものは寧ろ、科学のジャーナリズム化[#「ジャーナリズム化」に傍点]であるであろう。そして之が又実際、アカデミー化[#「アカデミー化」に傍点]に対しても正面の対立物であった。但し茲で云うジャーナリズム化は前の機会に於てとは異って、もはや科学の単なる報道化[#「報道化」に傍点]ではなく、報道の商品化[#「商
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