ェ、かくて問題がその客観性[#「客観性」に傍点]を失うことが、アカデミー化の虚偽であるのだから。――アカデミー化が非難されるのは、その難解の故ではなくして、正にこの虚偽の故にである。難解はかかる虚偽の副作用の一つに過ぎない。
アカデミー化・問題の伝習化・を可能にする条件は併し、無論アカデミー自身の存在の内に横たわる。まずそこには講壇[#「講壇」に傍点]が存在し、そして之が科学を講壇化[#「講壇化」に傍点]することが出来る(そこでは科学が講壇を決定するのでは必ずしもなく、逆に講壇が科学を決定するのだから)。即ち、講壇という社会的地位[#「社会的地位」に傍点]の特色が、科学的理論の構造の内に、反映され得るのである。講壇のその特色とは何か。アカデミー(講壇)は、その内部に於て社会的[#「社会的」に傍点]――社交的――であればある程、即ちその社会的位置を内部の交互作用によって確保すればする程、益々超社会的[#「超社会的」に傍点]となり、従って益々この超社会性を意識化・良心化・合法化・する、之がその特色なのである。かくて学界[#「学界」に傍点]は社会から独立化・孤立化して行かないわけには行かな
前へ
次へ
全268ページ中255ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング