O」に傍点]ではあり得ないことが今や明らかとなった。
 民主主義的なこの多衆概念の自己矛盾は、ただ、圧倒性の止揚の方向、又は低質性の止揚の方向、の何れか、を通じてのみ止揚されることが出来る筈である。多衆が有った圧倒性が否定されるのは、そして、ただ多衆が積極的に無組織化[#「無組織化」に傍点]される時に限るであろう。多衆はこの時烏合の衆[#「烏合の衆」に傍点]となり、之によって多衆のかの低質性はその強度を大きくされる。単なる多衆[#「単なる多衆」に傍点]の概念へ、即ち単に多衆という類概念へ、無組織という条件が与えられる時、即ち無組織化という種差が付加[#「付加」に傍点]される時、この概念体は拡張[#「拡張」に傍点]され、その結果としてその概念の今茲に問題になっている限りの性格は反対物に転化[#「転化」に傍点]する。かくて多衆概念の自己矛盾はたしかに解消する。だが之は同時に多衆概念自身の解消を現実的には[#「現実的には」に傍点]意味している。何故なら、このようにその自己矛盾を解消された多衆概念は、もはや現実的に吾々の問題となることが出来る資格を有っていない、――吾々の問題は大衆であった――
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