テけるか。だが茲に必要なことは、多衆は元来様々の――構成員の資格其他によって異る様々の――多衆でありうるに拘らず、今は専ら、そのような種々相から抽象された・抽象的な多衆・多衆としての多衆、を思い浮べねばならぬ、ということである。何故なら、多衆という概念は特に、種々相の下に於ける多衆から抽象的なる多衆を抽象し出す企図の下に、行使の動機を有たされるのが事実なのであるから。でそのような多衆概念それ自身に固有な性格として(種々相の下に於ける多衆、の有つ性格とは別である)、量に基く圧倒性[#「圧倒性」に傍点]と質に基く平均性[#「平均性」に傍点]とを挙げることが出来るであろう。多衆はその圧倒性の故に、政治的に云って、有力なる勢力を意味することが出来、それ故にこそ或る範囲に於ける政治的事物決定の原理となることが出来るのである(多数決の原理[#「多数決の原理」に傍点])。と共に又他方に於て、多衆はその平均性の故に、他の意味に於て政治上、低劣なる価値の主体を意味することが出来るだろう。多衆のもつ平均性はそれが優越的でなければこそ平均性であった、そこでは人間はそれ自身に固有な[#「固有な」に傍点]・真の
前へ
次へ
全268ページ中231ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング