。之は吾々が日常眼の前で経験している事実なのである。――併し少くとも自然科学[#「自然科学」に傍点]に就いては必ずしもそうではないように見える。茲に吾々の問題が横たわる。
自然科学の代表者としては、理論物理学を選ぶことが常道であり又当然である*。そしてそれは今の場合必要な寛大を意味することとなろう。というのは多くの人々は物理学が階級性――第三の――を持つことを想像し得ないだろうから。物理学が第一・第二以外の階級性を有つというような主張は、笑うべき無知か悪むべき誇張として、待遇されるのが常であるように見える。実際ここで階級性を検出することは殆んど絶対的に不可能と見えるまでに困難のように見える。吾々の穿鑿は併しながら原理的であった、それは困難か容易かの問題ではなくて、可能か不可能かの問題であった。現在直ちに又は或る将来に必ず、物理学の階級性が見出されるであろうか否かではない。その階級性が原理的に、絶対的に、不可能か又はそうでないか、から今は問うてかからねばならぬ。こう問われる時人々は、之が絶対的に不可能であると答えるに足る材料を果して有っているであろうか。物理学Aが之に代位すべき理論A′
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