単に個人の意識――精神――ばかりではなくして、社会こそ正にこれである。何となれば、社会は現に論理的法則[#「論理的法則」に傍点]に従って――社会論理的に[#「社会論理的に」に傍点]――歴史に於て展開するのであるから。即ち社会的精神[#「社会的精神」に傍点]は模倣の法則及び発明の法則に従って運動するのであるから。否、更に根本的なことは、歴史社会的存在、事件それ自身が全く論理の過程そのものに外ならないということである。「国家は厳密に云って一つの複雑な三段論法と考えられることが出来る。」法律・国教などがこの三段論法の大前提であり、個々の人民・個々の事件・個々の状態等々がその小前提であり、そしてこの二つから結果した国家の歴史的諸運動がその帰結に外ならない*。社会自身が一つの論理である所以である。さてこのような社会的論理とは、とりも直さず個人的論理に対して組織的に虚偽の一定形態を与えるものであることを意味する。何となれば、タルドによれば社会的論理自身が初めから一つの根本的な虚偽――社会の虚偽性――に基くものと考え得られるから。蓋し社会の本質はタルドによれば模倣にある。模倣とは自己の独立を捨てて自
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