かと云えばこのような虚偽は――意識して犯されたる誤りとしての虚偽は――とりも直さず意識(良心)の分裂であり、どのように鈍い良心(意識)であってもこの分裂の張力を痛みとして感じることが出来るであろうから。意識して犯されたる誤りとしての、この種類の虚偽は云わば度し易い。吾々が今問題とするのは、このように度し易い意識的[#「意識的」に傍点]虚偽ではなくして、正に虚偽として自覚されない無意識的虚偽[#「無意識的虚偽」に傍点]、虚偽としてではなく却って卓越した真理としてさえ意識され得る処の執拗な虚偽なのである。その誤りが無意識であるからと云って、決して之は単なる誤謬[#「誤謬」に傍点]として見過されてはならないものに属する。その構造は至極複雑であり、その性質は極めて執拗なのであるから、正に虚偽の名こそそれに適わしい。
人は云うかも知れない。無意識的虚偽は、意識を明確に馴《じゅん》練することによって、良心を鋭くすることによって、意識の閾の内に繰り入れることが出来、そしてこの鋭くされた良心の力を借りて屈伏せしめられ得るであろう、と。併しこの希望は実際には多くは裏切られるのを常とする。虚偽が単なる誤
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