謬ではなくして虚偽である以上、それは――例えば主張として――飽くまで自らを保存する意志を常に有つのであり、その意志を実現するためには、おのずから、良心を自分の身方に引き寄せようとするのが必然であるから。尤も良心は元来――従って今の場合には特に――公平であることをこそ、その本分とするかのようであるから、容易には虚偽の甘言に乗りそうにもないと思われるかも知れない。併し実は、良心とは他方に於て確実さ――Gewissen――を意味する、それは一定の意識内容をそのものとして落ちつかせる性質をその場合持っている。それ故人の虚偽が――無論虚偽とは意識せずに――提出する一定の意識内容は、却って良心が一臂の力を貸すべく乗り出す絶好の材料を提供するものでさえあるのである。かくて良心はそれが良心であるが故に、却って無意識的虚偽の保証人となり弁護者となることが出来る。無意識的虚偽は良心を買収するのに成功することが出来る。カトリック教徒も良心を持ちプロテスタントも同じく良心を有つ。欧州大戦は、主としてドイツとフランスとの二つの良心――祖国愛という――の名に於ける同じ良心同志の血闘として意識されはしなかったか。か
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