るならば、吾々は、この全体性を如何にして――真理として――現実に把握するか、を尋ねる。処が全体性は現実的に云ってただ部分[#「部分」に傍点]的にしか把握出来ない。原理的に云って現実上(現実[#「現実」に傍点]とは一つの原理[#「原理」に傍点]であることを注意せよ)そうなのである。無論それが真理――全体――としてである限り、人々は之を部分としてではなく正に全体として把握するには違いないが、その把握の仕方――それが現実――が部分的なのである。従って把握されたる又は把握され得る限りの現実の真理は、部分的であると云わないわけには行かない。それにも拘らずこの部分的真理が全体性を有たねばならないのである。この関係を云い現わすのに吾々は、或る種の無責任なる理想主義風の口吻を避けて、代表[#「代表」に傍点]の概念を用いるのが適切であるであろう。把握されたる真理部分は真理全体――真理の理念[#「真理の理念」に傍点]・真理自体・絶対真理・其他何でも好い――を代表する。この意味に於て真理は常に代表[#「代表」に傍点]的である。
 一般に、全体と部分との関係に於ては、必ず全体が部分を優越すると考えられる。そ
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