\の如何によって、原理的に[#「原理的に」に傍点]夫々異った軌道を歩むように出来ている場合があるのである*。――如何なる問題を把握すべきか、如何なる問題を如何に提出すべきか、という問題の選択[#「問題の選択」に傍点]は、であるから誤謬の訂正[#「誤謬の訂正」に傍点]という仕方によっては一義的に決定出来ない。このことが今明らかとなった。誤謬の訂正の代表的なるものは矛盾の排除[#「矛盾の排除」に傍点]・整合[#「整合」に傍点]であろう。問題把握の動機[#「動機」に傍点]は、矛盾の排除乃至整合の地盤である所謂分析論理と呼ばれている平面の上では、失われて了うと云うのである。理論に向って問題を提出するものは正に、歴史社会的存在の運動の必然性の外にはない、この必然性が初めて特定の歴史的段階に対して特定の問題を提出することが出来るのである**。
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* 哲学的乃至歴史的諸科学――之を性格的諸科学と名づける理由がある――は凡て、この場合にぞくする。吾々が之から取り扱うものは専らこの諸科学に就いてである。
** 「問題に関する理論」に於て私はこの点を明らかにした。
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