鼡`の」に傍点]問題であると考えられることは当然であろう。事実は一定の時代に於ては、一切の問題が或る一つの中心問題[#「中心問題」に傍点]に結び付けられることによって初めて最も正面的に解決せられるものと考えられる。或る時代に於ては神が、或る時代に於ては人間が、又他の時代に於ては他のものが、このような中心問題として理解されるのである。さてこのような中心問題[#「中心問題」に傍点]が併しながら、相対的でなければならなかった。
今や次のように結論することが出来る。苟くも問題の名に値いするものであって絶対的なる問題はない、何となれば一切の問題は性格的――相対的[#「相対的」に傍点]――であるのだから。併し又そうであるからと云って、どの問題でも勝手に選ばれて好いのでもない。何となれば一切の問題は性格的[#「性格的」に傍点]――歴史的特権――であるのだから。時代を超越した永遠の問題はない、在るものは凡て、歴史社会的限界条件の下に、時代の問題[#「時代の問題」に傍点]であり、そして現在に於ては、現代の問題[#「現代の問題」に傍点]としてあるのである*。このようなものが吾々の所謂問題である。理論に就
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