いる。事実人々は或る事物を個物として知ろうと欲する時、即ちそれがもつ個性を多少なりとも明らかにしようとする時、その事物と他の事物との連続を仮定した上で、最初に両者の限界を見出し、かくて両者の区別を与えることによって目的の第一歩を達したものとするであろう。個物(個性)は常に限界[#「限界」に傍点]を与え得られることを以て、その最初の概念規定とするのである。次に、仮りにこの個別化原理が、個物と個物との間隙を埋めていた当の連続を否定したとして見よう。残るものは断続的な原子である。個別化原理は原子[#「原子」に傍点]に至って働きを停止する。原子(A−tom)は分割し得ざるもの、もはや個別化し得ざるものを意味し、そしてこれこそが個物(In−dividuum)であるのである。かくて個別化原理の終点に於て、個物(個性)の概念は原子[#「原子」に傍点]として、分つべからざる単一者として(時には又モナドとして)窮極的に現われる。
個物の概念が、従って又個物のもつ個性の概念が、常に個別化原理と共に――普遍者への関係に於て――しか理解されない所以が之である。個別化の原理に於て、個物(個性)は他との限界[#「限界」に傍点]を持つものとしてまずあり、そして窮極に於ては原子[#「原子」に傍点]としてある。
性格[#「性格」に傍点]の概念は然るに、個別化原理とは独立な成立を有っている処にその特色を示している。今それを明らかにしよう。
二つの事物の限界[#「限界」に傍点]が与えられない時に於ても、二つの事物の性格は夫々明らかであることが出来る。植物と動物との限界は決して正確に与えられ得ないにも拘らず、即ち両者を区別するに充分な徴標が見出し難いにも拘らず、それを理由にして動物と植物との夫々の特色が不明であると云うならば、それは少なくとも常識の忠実な告白ではないであろう。吾々は事実、両者の性格を夫々――常識的に*――知っており、又その限り両者の区別を、云うならば概略に於て[#「概略に於て」に傍点]知っているのであって、日常生活にとってはこの概略さで充分であり、又この概略さに止まらなければ日常生活は支えられないであろう。ただこのように概略に於て性格を理解することによっては、動物と植物との限界が少しも与えられないというまでである(実は与えられる必要がないのである)。動物と植物との関係に於てはそれにしても一旦限界が問題となることが出来たが、之と異って全く限界が問題となることの出来ない場合に於ても亦性格は明らかにされ得るであろう。例えば欧州文明に於けるギリシア思想とヘブライ思想との夫々の性格の如きがそれである。或る見方からすれば全文明がギリシア的性格をもち、又他の見方からすればこの同じ全文明が又ヘブライ的性格をもつであろう。性格は限界――この幾何学的なる規定――を有つことなくして、云わば力学的に、否、個性―モナドも亦力学的であると云うならば、化学的に、機能することが出来る。性格は相互に浸透する(この意味に於て又性格は、領域[#「領域」に傍点]とは関係がない。尤もモナドも亦そうである**)。性格概念が限界の概念とは無関係であることが明らかとなったであろう。すでに一般に限界と無関係であるから、性格が最後の限界としての単一者として現われなければならない動機は何処にも存在しない筈である。分割出来ないという性質を持ち出しても、それによっては性格概念の解明に何の変化も起こされないであろう。かくて性格は限界や分割とは何の関係をもつものでもない。そして限界や分割は個別化原理に帰するのであった、故に性格概念は個別化原理からは独立な概念成立の動機を有っているのでなければならない。
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* 性格と常識との関係は重大である。後に之を明らかにしよう。
** ライプニツのモナドの概念は個物乃至個性の概念の最も精練された場合の一つであるであろう。それにも拘らずモナドは遂に個別化原理からの制約を脱却することが出来ない。
[#ここで字下げ終わり]
人々は個物と個性とを区別せよと云うであろうか。個物は一つの限界概念であり、之に反して個性は、単なる限界概念ではなくして窮極的なそれであり、そして正にその故にこの規定を圧倒するに足るほどの豊富な他の内容を有つ、と云うであろうか。併しそれにしても個性概念は概念成立の歴史に於て、その概念の動機に於て、個別化原理に由来することは否定出来ない。性格概念は然るに、そのような歴史から、そのような動機から、自由である。
性格という言葉の原始的な意味は刻印[#「刻印」に傍点]である。日常的な具象的事物――凡そ学問の対象としてのみ[#「学問の対象としてのみ」に傍点]存在し得ると考えられるような事物を私は以下考察の外に置く――の性格
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