されたる、論理学には現われない、虚偽(性格的虚偽と呼ぼう)の一つである。
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人々は論争を解決するために、二つの理論が夫々基くと考えられた二つの立場へ立ち還って見るのである、論争を立場の勝敗に還元[#「還元」に傍点]して見たのである。そうすることが恐らく理論の純化[#「純化」に傍点]と見えたからであろう。処が、立場への還元は、仮にそれが理論の純化であったとしても、立場の代表的な場合――相対主義と絶対主義――に於ては、少くとも論争の解決とは積極的に正反対なものを招くに過ぎなかった。それ故今、理論を立場へ還元すればする程、立場を立場として純化すればする程、却って論争の解決は原理的に不可能であることが愈々益々示されて来る。立場を立場として押しつめて行けば行く程、理論の整合を愈々益々完全無欠にすればする程、そうなのである。さて立場を完全無欠とすることによって、論争を最も根本的に解決し得るものと思い、又そうしようと欲すること――人々は事実そうであったろう――は、立場を、立場としての立場を、即ち立場の整合[#「整合」に傍点]を、終局的[#「終局的」に傍点]なものと決めてかかることを意味する。立場の概念にこのような終局的価値を与える処から、かの水掛論が成立したのであった。併し之は一つの理論的な――必ずしも論理[#「論理」に傍点]的ではない――罠に外ならない、それはこうである。
人が或る立場――例えば絶対主義――を採るに際して、彼がその根拠として、基礎[#「基礎」に傍点]として示す処の、自己の立場の完全無欠の整合なるものは、実は[#「実は」に傍点]、彼をしてこの立場を採らしめた真の動機[#「動機」に傍点]ではなかったのである。立場の整合は必要な条件としておかなければならないが、その上で、二つの立場――例えば絶対主義と相対主義――の何れを選ぶかを決定するに足る現実的な動機は、実は[#「実は」に傍点]、単に立場の整合であったのではなくして――整合としてならば二つの立場は等しい資格を有つ筈であった――、他の何物かであったのである。立場としての立場、整合――彼はそれを理論の基礎[#「基礎」に傍点]として示した――が終局的[#「終局的」に傍点]なるものであったのではなくして、実は[#「実は」に傍点]、何か立場以外のものが、従って今のことから、それ以前に[#「それ以前に」に傍点]、立場の選択を与えたのであった。之が彼の理論の正直な動機[#「動機」に傍点]であったのである。もし彼がこの立場以前のもの[#「立場以前のもの」に傍点](かの所謂立場なき立場のことではない)が何であったかを告白しないならば、そして依然として自己の立場の整合を証明することにのみ相手の注意を惹こうと努力する限り、人々は彼との話題を打ち切る外はないであろう。立場はそれ故、人々が往々信じているように見える処とは異って、理論の成立に於ける終局的なるものではない[#「ない」に傍点]。立場は理論の論理的根拠[#「論理的根拠」に傍点]ではあるであろう、それは理論成立の理論的[#「理論的」に傍点](論理的ではない)動機[#「動機」に傍点]ではない*。
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* 根拠と動機とは全く別である。例えば吾々は自己を弁解するために(動機[#「動機」に傍点])、有利な口実(根拠[#「根拠」に傍点])を捜すのである。
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或る理論を立場へ還元[#「還元」に傍点]し得るからと云って、直ぐ様立場が理論の優越[#「優越」に傍点]なる意味に於ける始発点であると想像されることは許されない*。たとい人々が或る立場から出発し、又はそう信じたとしても、夫は、単にその立場が立場として攻撃の余地のない完全な整合を有っていたからではなく、実は寧ろ立場以前の或る他のもの[#「或る他のもの」に傍点]に人々が前以て関心していたからこそ、初めてその立場が選ばれたのであるに外ならない。――吾々はこの単純な一つの事実上の関係を明らかに握っておくことが必要であったと思う。そして立場以前のこの或るもの[#「或るもの」に傍点]として、吾々は恰も「問題」の概念を注意するのである。
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* 事物の還元性と優越性とは別である。凡ての人間は国民に還元[#「還元」に傍点]されるからと云って、国民であることが例えば彼の道徳の優越[#「優越」に傍点]なる意味に於ける勝義の第一の出発・原理――性格――であることにはならないように。
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一つの立場は単に整合であるが故に採用されているのではない。何となれば吾々は既に、夫々整合でありながら而も相互に矛盾さえする二つの異った立場の代表的な一例を見ておいたから。そうではなくして
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