於ける否定・止揚が困難[#「困難」に傍点]なものと思われる所以が茲にある。
 自然科学のこの超歴史性は、その方法機関に現われる。歴史的科学の唯一の科学的機関である分析的方法[#「分析的方法」に傍点]は歴史的事物に関する分析であるばかりでなく、同時にそれ自身が歴史的段階と相関的に[#「歴史的段階と相関的に」に傍点]、歴史上発展する性質をもつ。之に反して自然科学の機関である実験[#「実験」に傍点]と解析的操作[#「解析的操作」に傍点]は、人間的行為の――従って歴史の――除外を齎す最も確実な手続きであるであろう。無論之も歴史的に進歩するのではあるが、原理的に言って、それが歴史的現段階[#「現段階」に傍点]と相関的であるのでは決してない。実際、実験の一定の方法と結果とは、ただ数代に渡る知識の蓄積によってのみ組織立てられ、数学的操作は数千年の片々たる業績の積堆の外ではない。吾々はただ之を継承[#「継承」に傍点]し発展[#「発展」に傍点]させる外に余地を持たぬようである。新しい時代の新しい現実に立脚して之を批判し検討することは、過去の業績に相当するだけのものを今日再蓄積・再積堆することを意味するから、之は一朝にしては殆んど絶対に不可能であると考えられるであろう。自然科学の変革[#「変革」に傍点]が愈々困難[#「困難」に傍点]な所以である。
 であるから自然科学に於ては、理論Aに対して批判的位置を占めるべき新しき理論A′[#「A′」は縦中横]が、予めAの拡張・修正・補遺としてのみ、みずからの態度を決めてかかり勝ちなのは、至極尤もであるであろう。従って茲に働くものは、その根本傾向に於て、元来、前者の否定や止揚であることを欲しないのである。前者は後者を以て、自己の拡大・訂正・追加に過ぎないものと見做すことが、事実上常に出来るからである。もし後者が前者を否定したのであったならば、前者は後者を以て、正に自己の否定と反対としてこそ意識する筈である。かくて実際、既成の自然科学を変革することが益々困難と考えられる所以がある。
 さて之まで指摘して来た困難[#「困難」に傍点]の故に、自然科学の歴史的社会的制約――第三階梯の階級性――は検出し難く見えたのであった、困難[#「困難」に傍点]は自然科学に特有なかの弁証法的二重性に於ける、歴史否定[#「歴史否定」に傍点]の契機から由来したのであった。処が、他方吾々はすでに、自然科学が当然[#「当然」に傍点]この階級性を有ち得ることを見ておいた。かかる容易さ[#「容易さ」に傍点]は自然科学が一つの歴史的存在である限りの歴史肯定[#「歴史肯定」に傍点]の契機から由来したものであった。二重性のこの二つの契機によって、自然科学のこの階級性は、一方に於て至極困難[#「困難」に傍点]なものとして、他方に於ては之に反して至極自明[#「自明」に傍点]なものとして、意識される理由があったのである。
 今やこの困難と容易さとの意識の矛盾の真相を、もっと立ち入って突き止める段に来る。併しその方向はすでに伏線として与えられている。すでに吾々は、自然科学の歴史的制約が常に変装[#「変装」に傍点]されていねばならぬことを見た。歴史的制約がその一定形態[#「一定形態」に傍点]を、そのままの姿又は之と一定形態の関数関係に於てある姿を以て、自然科学へ伝えることは出来ない、と云った。この意味で、この制約は自然科学に於て常に間接[#「間接」に傍点]でしかあり得なかった。そしてこの間接さが決して、直接さに対する単なる程度の差ではなくして、歴史的現段階のもつ現実に立脚しない[#「ない」に傍点]という、積極的な内容をもつものであることも明らかにしておいた。そこで今や次のことが結果する。歴史が科学へ一定の形態的制約[#「形態的制約」に傍点]を与えるのは、その科学が歴史的現段階[#「歴史的現段階」に傍点]のもつ現実に立脚するということを意味する、と。裏を言えば、科学が歴史的現実に立脚しないということは、それが歴史によって形態的には[#「形態的には」に傍点]制約され得ないということと、一つである、と。
 この結果を自然科学の理論内容の論理――真偽関係――に適用すれば、自然科学的理論は歴史的現段階の現実に立脚しなかったから、それであるからその論理は、歴史によって形態的には[#「形態的には」に傍点]制約され得ない、こととなる。なる程自然科学の論理内容は、その個々の場合々々[#「個々の場合々々」に傍点]に就いては、断片的[#「断片的」に傍点]には、偶然的[#「偶然的」に傍点](per accidens)には歴史的社会的制約を蒙る可能性及び必然性があるだろう。それを実は吾々は、第三[#「第三」に傍点]階梯の階級性として指摘して来たのであった。併し自然科学はそれにも拘らず、
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