もっと立ち入って分析する必要がある。
自然は第一に主観からの脱却を要求とする概念であるだろう。事物が何かの意味で主観を脱却する程度に応じて事物は自然的となると考えられる。そこで自然科学にとっての自然は(自然科学の代表者としては物理学を考えるべきであった)、自由行為者としての人間をば、凡ゆる意味に於てその対象界から除外することを、其理想とする。人間は自然科学的世界に於てはたとい観察者であっても自由行為者としては登場することを許されない。それ故自然科学はそれ自身生活の一部にぞくするにも拘らず、他の諸科学に較べて、生活[#「生活」に傍点]から縁遠く、従って生活を規定している処の歴史的社会的制約によって、至極間接的[#「間接的」に傍点]にしか条件づけられることが出来ない。――茲に自然科学に特有なかの二重性が働いているのを見る。さてこの制約が間接であるから、制約者の有っている一定形態[#「一定形態」に傍点]の制約は、もはやその儘の姿では、或いは之と一定関数関係にある姿を以てしてさえも、被制約者に伝えられないことは、そうありそうなことである。この場合の歴史的社会的制約は、ただ変装[#「変装」に傍点]してしか現われない。尤も制約が今、直接だとか間接だとか云うのは、程度の問題であり、それ故要するに程度の差に過ぎないと云われるかも知れない。両者の間の量的連続に於て、一定の限界を引いて直接と間接とを左右に引き分けることは出来ないかも知れない。併し、現実的なるものの最も著しい特色は、量が連続的に推移するに際して、やがて質の対立を結果するという点に在る。もはやであるからこの時、直接と間接とは単なる程度の量的差異ではなくして、質の上の相違で事実上あるのである。さてこの消息が、自然科学に於て次の事情として現われる。
歴史は自然科学に於ては否定される。自然科学――物理学を考えよ――は時間をば、その固有の時間性即ち歴史性、に於てではなく、空間化されたる一つの次元として使用する。成程そこでは時間軸は抽象し去られはしないが、時間性の原理――歴史的現実性の原理――は抽象し去られている。自然科学の世界像はそれ故元来、時間性――歴史性――の規定からは独立しているものである。自然科学が構成されるのは、無論のこと夫々の時代[#「時代」に傍点]に於ける人間によるのではあるが、歴史のもつそのような――時代という――現段階[#「現段階」に傍点]の性格は、もはや論理構成の原理内に組織的に織り込まれてはいない。自然科学にとっての現実とは、歴史的現段階のもつ現実性ではなく、恰もそのような歴史性の否定であった処の通時間的な自然[#「自然」に傍点]のもつ現実性に外ならない。故に自然科学的理論は、歴史的現段階に固有な現実性に立脚しないことをその特色とする。之に反して歴史的科学は正に、歴史的現段階に固有な客観的事情からこそ、その理論的分析の端緒[#「端緒」に傍点]――原理[#「原理」に傍点]――を取り出さなければならない。例えば現代[#「現代」に傍点]の経済学は、それが現代[#「現代」に傍点]の経済現象の分析であるが故に、正に商品の分析から出発しなければならない[#「出発しなければならない」に傍点]ように。かくて、科学のもつ歴史的制約――階級性――が直接か間接かの相違は、夫が歴史的現段階に固有な現実に立脚するかしないかという、質の上の原理的な相違を事実上意味するのであった。単なる量の上の対比では之はもはやない。
それ故明らかとなることは、自然科学が歴史社会的に制約されている――第三の階級性によって――にしても、それが必ずしも歴史的現段階性[#「歴史的現段階性」に傍点]によって制約されていることを意味するのではない、ということである。従って、丁度それだけの意味に於て(但しそれ以上の意味でではないが)、自然科学にとっての現実は、超時代的[#「超時代的」に傍点]であり、永久不変[#「永久不変」に傍点]である、ということも出来る。そこでは歴史上、従来の理論内容を優越して特権を主張する根拠となり得るような、従来無かった新しい地盤[#「新しい地盤」に傍点]は、原理的には――偶然的にはどうか知らない――無い。先人の業績を、それが過去のものであるが故に、夫を批判し得るような、そのような資格を有った新しい立脚地は原理的には無いのである。新しい時代の性格に立脚することによって、自然科学を新しく建設し直すべき動機が、常に必ず働かねばならぬということは、絶対にない。かくして伝習された従来の自然科学を、改めて批判・検討し、依って之を否定・止揚し得るような場合は、ただ極めて偶然な[#「偶然な」に傍点]事情に基くのであり、従って至極稀な[#「稀な」に傍点]機会をしか持たないことは当然である。既成の自然科学の現在に
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