のであるか。だが少くともこの感覚は動物的な性能――本能[#「本能」に傍点]――ではないであろう。そうすれば之は一つの教育されたる素質――教養[#「教養」に傍点]――だということになるであろう。処が教養は全く一つの歴史社会的条件の所産でなければならない。そこで吾々はこう問わねばならなくなる、如何なる歴史社会的条件が歴史的感覚を完成するかと。かかる条件を充す社会形態は併し、現在に於ては[#「現在に於ては」に傍点]、一つの進歩的・変革的なる階級[#「階級」に傍点]なのである。
実際、人々は見るべきである、茲では歴史的感覚――この具体的論理能力――のための素質が比較的欠乏していることや、又その教育が不完全であるということが、階級意識[#「階級意識」に傍点]によって如何に補われているか、という一つの事実を。比較的凡庸な且つ無教育な一介の労働者は、往々にして、大学教授達よりも、又大新聞の顧問達よりも、如何に容易に真理への正常な感覚を持つことが出来るかを。――それであるから、時代錯誤の虚偽が無意識的であるのは外でもない、それが階級性を持った虚偽、階級的虚偽[#「階級的虚偽」に傍点]であるからである。時代錯誤者が真理の階級性を何等かの意味ででも否定しようと欲するのは、であるから偶然ではない。それは必ずしも彼等の無知からではない。
時代錯誤は、無意識的であるが故に、自らを正当化し得るという期待を有つことが出来る(この虚偽が組織的で執拗である所以は之である)。そこで即ち人々は論理[#「論理」に傍点]を完全に非歴史的[#「非歴史的」に傍点]なものとしようと欲する。その為にはかの形式論理学が最も適当な代表的論理であるであろう。人々は一切の事物を、ただ形式的論理にのみ還元し得るものと仮定することを欲する。そのためには論理の自律性、存在からの独立性が必要であるだろう。何故なら今は形式論理の決定的な独宰を権利づける必要があるのだから。論理乃至真理が、超越的価値[#「超越的価値」に傍点]と考えられる理由が茲にある。それ故、元来論理の無条件的独立性を否定し、論理を存在――歴史的社会的存在――に基けようとする弁証法は、ここでは排撃されざるを得ない実際上の必要があるであろう。時代錯誤が自らを合理化するためには弁証法は否定されなければならない。処が歴史的(社会的)感覚は恰も、弁証法的論理をこそ要求するのである。蓋し弁証法的論理とは、歴史的範疇[#「歴史的範疇」に傍点]に就いての論理を意味せねばならない。
無意識的虚偽の代表者は時代錯誤であり、之が無意識であり得るのはそれが階級性から来る虚偽形態であるからであり、そしてそれが無意識であるが故に夫は――特に弁証法を否定することによって――自らを保持しようと欲する。かくて人々は一旦時代錯誤を自らに許すならば、何の虚偽をも意識することなくして、虚偽を確実に真理として主張することが出来るのである。人々は時代錯誤的問題を選び、時代錯誤的方法を用い、そして時代錯誤的解決を得ることが出来るであろう。而も彼等に向ってどれ程それの虚偽を解明してやろうとも、彼等は自己の虚偽の可能性を見る機会すら見出し得ない程、それ程この虚偽は組織的であり、複雑であり、従って彼等は之を固持することかくも執拗なのである。何が彼等をかくも執拗にさせたか。彼等が支持し、又彼等を支持し、そして社会の一切の事物にまで自己の刻印を押しつけている処の、一つの階級が彼等の背景をなしているからに外ならぬ。
意識的虚偽は、少くとも虚言者自身を欺いてはいない、処が無意識的虚偽は虚偽者自身を欺く処の虚偽である。之こそ最も悪質な、最も度し難い、執拗なる虚偽ではないだろうか。之を医すにはもはや良心[#「良心」に傍点]――学的其他の――も役立たない、人々は何に依って之を治すべきであろうか。暴露[#「暴露」に傍点]だけが残っている。蓋し暴露とは、虚偽命題の歴史的社会的必然性[#「必然性」に傍点]を演繹し、そうすることによってその命題の歴史的社会的虚偽性[#「虚偽性」に傍点]を証明する処の、一つの批判的技術である。
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科学の歴史的社会的制約
――科学階級性の階梯に就いて――
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知識・認識・乃至科学の歴史的社会的制約に関する問題を、恐らく人々は、「知識社会学」(乃至「文化社会学」)によって解答出来ると思うであろう。知識のもつ価値内容は之をかの論理学乃至認識論――夫は超歴史的・超社会的と普通考えられている――に任せる外ないが、知識の所産の歴史的社会的活動関係に就いては、知識社会学から教えられねばならぬと、人々は考えるであろう*。処が知識の価値内容とその歴史
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