る社会概念によれば、タルドの社会概念を多くの重大な点で修正しなければならない必要を、吾々は感じる。今は他の点を顧ないとして、少くともタルドによれば、社会は初めから否定されるべき運命に於て問題として選ばれていることを注意しよう。タルドの社会概念は結局社会概念自身の否定でしかない。社会とは云わばアダムとイブとが楽園を失った瞬間に発生した処の、堕落した存在なのである。吾々は何時かこの人間社会から救済されて神の都に這入ることの出来る日を待たねばならぬことになるであろう。それ故タルドによれば、社会は常に[#「常に」に傍点]――一定の場合ではなくして如何なる場合にも――論理の虚偽形態を発生すべきものであったのである。今私はこの点を修正する。
吾々はこう考える。社会一般なるものは論理に対して虚偽形態をも真理形態をも組織的に与えるものではない。社会的であるということだけでは、論理は虚偽とも真理ともならない。ただ或る条件の下では社会は組織的に虚偽の一定形態を与え、之に反して他の或る条件の下では社会は組織的に却って真理の一定形態を与えるのである、と。
これを最も形式的に説明するならばこうである。社会の歴史的運動[#「歴史的運動」に傍点]の現実的必然性を、その地盤として夫に立脚した理論は、原則として、組織的に――個々の場合々々を云うのではない――一定の真理形態を取る。というのは社会の歴史的運動が必然的に行こうとしている処のもの――現実のもつ必然性――からその問題の端緒を始める論理は原則として真理だと云うのである。之に反してこの歴史的必然性に無関心な、従って之を地盤としない論理は常に原則的に一定の虚偽形態を有つのである。時代の意識[#「時代の意識」に傍点]を伴う理論はその限り真理であり、之を伴わないものはその限り虚偽である。処が時代は一定の法則を以て不断に推移して行くから、或る任意の過去又は未来にあるのが適切であるような真理も、現在[#「現在」に傍点]に於ては一つの虚偽であることが出来、そして又現在に於て真理と考えられたものも、もし人々が之を或る一定の未来に於てそのまま固執しようとするならば、未来のその時期に於て夫は虚偽となるであろう。真理は、歴史的運動[#「歴史的運動」に傍点]によって虚偽となる[#「なる」に傍点]ことが出来るのである――前を見よ*。
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* 観念が歴史的現実――現在――を踏み越えた場合の虚偽の形態をユートピア[#「ユートピア」に傍点]と呼び、之に反対な場合の虚偽形態を、(悪き意味に於ける)イデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]と名づけることが出来る。
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時代から離れた真理の、歴史的存在と喰い違った観念の、有つこのような虚偽形態を、吾々は一般に時代錯誤[#「時代錯誤」に傍点]と呼んでいる。之によって社会の歴史的運動の必然性は忘れられ[#「忘れられ」に傍点]、又は見誤ら[#「見誤ら」に傍点]れる*。――さてこの時代錯誤こそ、論理に於ける無意識的虚偽[#「無意識的虚偽」に傍点]の代表的虚偽形態であるだろう。だが之はなぜ無意識[#「無意識」に傍点]なのか。
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* 事物の単なる流行[#「流行」に傍点]と、その事物の歴史的使命[#「歴史的使命」に傍点]とを混同するものは、今日吾々が好く見る一つの時代錯誤である。時代錯誤的人物は、歴史的使命をもつ或る現象を、単なる流行として片づけようと欲する。そのようなものこそ、今吾々が取り扱っている無意識的虚偽の適切な一例であるだろう。
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この虚偽形態はその原因を個人的論理の内に持つのではなかった。何故なら、それは社会的論理の内から、観念と社会的(歴史的)存在との関係から、出て来たテーマであったから。尤もこの虚偽形態に陥る主体は無論夫々の個人には相違ない。併し個人を陥れる原因は個人に在るのではなくして、社会の内にあったのである。或る個人は歴史的(社会的)感覚を持つが故にこの虚偽形態を犯さず、他の個人は之を持たないが故にこの虚偽形態の擒《とりこ》となる。そして後者は歴史的(社会的)感覚を持たないが故に、この虚偽形態に就いての感覚をも持ち得ない。彼にとっては自己の虚偽は少しも虚偽ではないのである。何となれば之を虚偽として意識させる動力は彼個人の内にはなくて、恰も彼が無関心である処の社会そのものの内にあるのだから。――之が無意識的虚偽である所以である。
無意識的虚偽形態の代表としての時代錯誤は、個人のもつ歴史的[#「歴史的」に傍点](社会的)感覚[#「感覚」に傍点]の欠乏に、一応帰着する。併し一体このような感覚は何によって与えられるか。人々の素質[#「素質」に傍点]にでも依る
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