論理は理想的に云って合理的[#「合理的」に傍点]でなければならない、凡ゆる感情から浄められた冷静な理性によってのみ、論理――推論――は正当に運ばれるのでなければならない。併し実際に吾々を支配している論理はそのような logique rationnelle ではなくて恰も感情の論理[#「論理」に傍点]なのである、そうリボーは考える。感情の論理が合理的論理と正反対であることを示す特色は、感情の論理に於ては結論が先ず初めから与えられ、この予め決っている結論が却って自分に必要と思われる通りの推論を動機する、という点に見出される。それ故この推論に於て必要なことは、この推論によってどのような結論が引き出されるかを見守ることではなくして、予定の結論を引き出すのにこの推論がどの位有効であるかを監視することである。目的[#「目的」に傍点]は初めから決定している、推論はこの目的に仕える手段でしかない。このような事情は冷静なるべき合理的論理にとっては明らかに許されないと考えられる。ただ厳密な論理の煩雑に辟易し又は夫に耐えられない人々か、それでなければより実際的、より実践的な火急の問題を持つ人々かが、このような感情の論理を用いるのであると考えられる。而も凡そ論理が人間の日常の必要にせまられて発達し、必要に応じて初めて用いられる以上、感情の論理は永久に人間の生活の内から消え去る理由を有たないわけである。
推論に対してその推論が帰結すべき結論が予めその目的として与えられると云った。その目的は様々である。一定の情念に就いて一定の結論を得るために、人々は種々なる推論を好み又は嫌う――選択する。幸運なる恋人にとっては一切の事物は喜ばしい、何となれば[#「何となれば」に傍点]――彼又は彼女はそう推論することも出来る――悲しき物の姿も却って喜びを際だたせるために存在するのであるから。之に反して不幸なる恋人によれば一切の事物は味気ない、何となれば[#「何となれば」に傍点]喜ばしく見える物もつまりは幻影に過ぎないから(「悲しき時に楽しかりし過去を思い起す程悲しきはない」)。次に例えば一人の仏徒が頓悟徹底出来たとしよう。その時初めて彼は何故この出来事が自分に於て必然でなければならぬかを推理し始めるであろう。科学者が一つの発見を目論見るならば、その発見へ導くべき恐らく無数の推論が予め構想されるであろう。又政治家は自己の失敗又は野心をば尤もらしい推理を考え出すことによって正当づけようと企てる。扇動家は民衆に向って一定の効果を収めるために、巧言令辞を並べて推理する。民衆がもし彼の言葉と共に推理することが出来たならば彼は所謂雄弁家――修辞家――となるのである。このようにして一般に、感情の論理は、予め与えられたる結論を正当づけるということをその特色とする。そこに支配するものはこの意味に於て先入見[#「先入見」に傍点]に外ならない、そうリボーは付け加える。
さて一定の先入見を意識していることと、その先入見を虚偽として意識していることとは無論全く別である。それ故所謂感情の論理に於ては、一方に於て、無意識的虚偽が這入る余地がないと云うことにはならぬし、そして又他方に於て、先入見を有つという理由によって感情の論理が直ちに無意識的虚偽の論理であるということにもならない。実際先入見それ自身が虚偽に基くか基かないかによって、感情の論理は或いは無意識的虚偽であり或いは夫ではないのである。もし先入見が凡て虚偽であるならば、吾々は何の主張をすることも出来ぬであろう。何となれば何かの先入見に基かない主張は絶対に一つもないであろうから。であるから吾々はリボーから次のことを学ぶことが出来た。第一に、虚偽はその発生の地盤を感情の論理の内に有っている、何となれば合理的論理は原則として虚偽を含まない筈の論理の理想であったのだから。第二に併し、感情の論理はどのような場合に夫から虚偽が組織的に発生し、又どのような場合に却って真理がそれから組織的に発生するかを、それ自身に依っては説明することが出来ない。何となれば先入見とは――之を正当づける推論の正不正とは無関係に――場合々々によって真理又は虚偽であるから、虚偽が感情に基くことは明らかとなった、併し感情[#「感情」に傍点]のどのような形態に基くものが虚偽であるかが未定なのである。そして大事なことは、組織的に虚偽を生むべき感情のこの形態が、感情そのものによって決定され得なかったという点である。かくて一定形態の組織的虚偽を明らかにすることの出来るものはもはや単なる感情ではなくして、もはや単に主観的な意識の機能ではなくして、之の外にあって之の形態を決定する処の何物かでなければならない。
近代に於ける最も意味ある、そして最も独創的な社会学者 G. Tarde はこの点に
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