に」に傍点]、立場の選択を与えたのであった。之が彼の理論の正直な動機[#「動機」に傍点]であったのである。もし彼がこの立場以前のもの[#「立場以前のもの」に傍点](かの所謂立場なき立場のことではない)が何であったかを告白しないならば、そして依然として自己の立場の整合を証明することにのみ相手の注意を惹こうと努力する限り、人々は彼との話題を打ち切る外はないであろう。立場はそれ故、人々が往々信じているように見える処とは異って、理論の成立に於ける終局的なるものではない[#「ない」に傍点]。立場は理論の論理的根拠[#「論理的根拠」に傍点]ではあるであろう、それは理論成立の理論的[#「理論的」に傍点](論理的ではない)動機[#「動機」に傍点]ではない*。
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* 根拠と動機とは全く別である。例えば吾々は自己を弁解するために(動機[#「動機」に傍点])、有利な口実(根拠[#「根拠」に傍点])を捜すのである。
[#ここで字下げ終わり]
 或る理論を立場へ還元[#「還元」に傍点]し得るからと云って、直ぐ様立場が理論の優越[#「優越」に傍点]なる意味に於ける始発点であると想像されることは許されない*。たとい人々が或る立場から出発し、又はそう信じたとしても、夫は、単にその立場が立場として攻撃の余地のない完全な整合を有っていたからではなく、実は寧ろ立場以前の或る他のもの[#「或る他のもの」に傍点]に人々が前以て関心していたからこそ、初めてその立場が選ばれたのであるに外ならない。――吾々はこの単純な一つの事実上の関係を明らかに握っておくことが必要であったと思う。そして立場以前のこの或るもの[#「或るもの」に傍点]として、吾々は恰も「問題」の概念を注意するのである。
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* 事物の還元性と優越性とは別である。凡ての人間は国民に還元[#「還元」に傍点]されるからと云って、国民であることが例えば彼の道徳の優越[#「優越」に傍点]なる意味に於ける勝義の第一の出発・原理――性格――であることにはならないように。
[#ここで字下げ終わり]
 一つの立場は単に整合であるが故に採用されているのではない。何となれば吾々は既に、夫々整合でありながら而も相互に矛盾さえする二つの異った立場の代表的な一例を見ておいたから。そうではなくして
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