り他方に於て低質[#「低質」に傍点]である。多衆は強力にして低質なる勢力、云わばデモン・悪鬼の類ででもあるようである。多衆としての多衆、単なる・抽象的なる多衆、多衆一般[#「一般」に傍点]、何等の条件[#「条件」に傍点]をも有たない多衆、例えばそれが有産者の多衆であろうが無産者の多衆であろうがそのような二次以下の条件を特に[#「特に」に傍点]超越した限りの多衆自体[#「自体」に傍点]、このような民主主義的[#「民主主義的」に傍点]多衆概念は、恰も今指摘した強力と低質とを、その二重性として、矛盾として、持っている。かかる民主主義的矛盾はみずからを、民主主義と貴族主義との、相対主義的・シーソー的対立として反映するのがその報いであるであろう。――今もしこのような多衆概念を以て大衆[#「大衆」に傍点]の概念に代えるならば、その時の大衆概念は恰も、最初に述べた処のかの非大衆的大衆概念[#「非大衆的大衆概念」に傍点]であったであろう。彼処に於て見られた大衆概念に於ける矛盾は、とりも直さず茲で見られる多衆概念に於ける矛盾――圧倒性と低質性――であったのである。それ故、大衆は単なる多衆[#「単なる多衆」に傍点]ではあり得ないことが今や明らかとなった。
民主主義的なこの多衆概念の自己矛盾は、ただ、圧倒性の止揚の方向、又は低質性の止揚の方向、の何れか、を通じてのみ止揚されることが出来る筈である。多衆が有った圧倒性が否定されるのは、そして、ただ多衆が積極的に無組織化[#「無組織化」に傍点]される時に限るであろう。多衆はこの時烏合の衆[#「烏合の衆」に傍点]となり、之によって多衆のかの低質性はその強度を大きくされる。単なる多衆[#「単なる多衆」に傍点]の概念へ、即ち単に多衆という類概念へ、無組織という条件が与えられる時、即ち無組織化という種差が付加[#「付加」に傍点]される時、この概念体は拡張[#「拡張」に傍点]され、その結果としてその概念の今茲に問題になっている限りの性格は反対物に転化[#「転化」に傍点]する。かくて多衆概念の自己矛盾はたしかに解消する。だが之は同時に多衆概念自身の解消を現実的には[#「現実的には」に傍点]意味している。何故なら、このようにその自己矛盾を解消された多衆概念は、もはや現実的に吾々の問題となることが出来る資格を有っていない、――吾々の問題は大衆であった――
前へ
次へ
全134ページ中117ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング