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科学の大衆性
    ――科学階級性の一つの実質に関する分析――
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[#3字下げ]一[#「一」は中見出し]

 大衆性[#「大衆性」に傍点]という言葉は政治[#「政治」に傍点]にぞくする言葉である、如何にして大衆を獲得するか、如何にして大衆を指導するか、等々という政治的な関心の下で初めて、大衆性という概念は考察の日程に上る理由を有つ、とそう人々は考える。確かにそうである。之に反して、科学[#「科学」に傍点]にぞくするものは就中真理という言葉である、それによって大衆を獲得・指導し得ようが得まいが、そのようなことと関係なく、科学はひたすらに真理を追求すべきである、とそう人々は又考えるであろう。確かにその通りである。だがそれにも拘らず吾々は、恰も選りに選んで、科学の大衆性[#「科学の大衆性」に傍点]を問題としようとする。何故なら、第一に、この問題は、提出され得ない問題でもなく解き得ない問題でもないからである。何故政治が科学的であり得ないか、又何故科学が政治的であってはならないのか*。併しこの問題は、決して単に可能な問題であるというに止まらず、実は之こそ吾々にとって、必然的な問題なのである。何故か。この問題を多少とも解決するならば、恐らく科学[#「科学」に傍点]そのものの概念が或る一つの根本的な批判・変革を受けざるを得ないであろう、科学の概念へのこの批判・この変革は併し現在の科学の存在条件から云って絶対に必要であり、そして現在に於ける程この必然性が逼迫したことは恐らく未だ曾て無かったであろう、からである。歴史の現段階に於て、歴史の運動の動力を担い、そしてそれを担っていることを自覚し得るものこそ、大衆ではないか。このような大衆という存在が――従ってその概念が――併し正に、現代の産物であることは忘れられてはならない。古来様々な大衆はあったであろう、だが吾々にとって必然的な問題となり得るような大衆は、現代に至って初めて現われた、と云うのである。之は一つの眼前の事実である。かかる事実が何故生じたか、それに答え得るものは、歴史的唯物論の外にはありそうにも思えない。吾々は説明を之に一任しよう。
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* 政治がどのようにして科学的[#「科学的」に傍点]であり
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