頭的契機に於て取られる政策――それこそ真正の意味での政策である――を、正に論理内の勢力として、論理自身の強みとして、取り入れることが出来る。そのような理論は存在を解明するのに最も有力強力であり、従って存在を把握するのに最も、実践的[#「実践的」に傍点]であることが出来る。そしてこの実践性こそは、正に理論が今有つ真理形態[#「真理形態」に傍点]に外ならないのである。何故なら、存在の解明こそ論理の使命であったし――前を見よ――、そしてこの存在が歴史社会的存在によって代表されたのであるから、存在の解明はその歴史社会的――実践的――把握によって代表されるわけである、処で論理がその使命を最も能く果すことは真理[#「真理」に傍点]の理想でなくして何であるか。かくて台頭的契機に基く政策は理論内容へ、実践性[#「実践性」に傍点]という真理形態として、反映することが明らかとなる。蓋し茲に於ては政策と理論とが二重の意味に於て一致する。第一は客観的な政策が理論自身の構論の政策として理論計画に反映し、真理[#「真理」に傍点]内容構成の骨格となること。第二は政策が理論をこのようにして決定するばかりではなく、逆に理論が充分の権利を以て政策を決定し、政策成功[#「成功」に傍点]の展望を与え得ること。試みにこの二つの点を、没落的契機に於ける低劣な意味の政策に当て嵌めて見よ。そこにあるものは理論の虚偽[#「虚偽」に傍点]と政策の失敗[#「失敗」に傍点]でしかない。――今や理論のかの展開性乃至批判性は理論の実践性[#「実践性」に傍点]として現われる――前を見よ。
 問題へ帰ろう。問題は歴史社会の客観的状勢に基いて政治的・政策的に選択される。処が今、この政治性――政策――の二つの場合が、夫々理論の真理形態及び虚偽形態として反映するのを見た。それ故どのような問題を選択するかによって、その問題に動機されて展開する理論は、或いは真理性を或いは虚偽性を有たねばならない。問題選択の可否[#「問題選択の可否」に傍点]は常に、之に動機された理論の論理的真偽[#「理論の論理的真偽」に傍点]として突き止め得られるわけである。

 吾々は今迄、分析を「問題」への関係に限って来たのであったが、この制限を撤廃しても、吾々の求め得た処は一般に成り立つであろう。一般に、歴史的運動に於ける必然性と遊離性・その台頭的契機と没落的契機は
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