語《かた》るあり。
枝折戸《しをりど》閉《と》ぢて、椽《えん》に踞《きよ》す程《ほど》に、十時も過ぎて、往来《わうらい》全《まつた》く絶へ、月は頭上に来《きた》りぬ。一|庭《てい》の月影《つきかげ》夢《ゆめ》よりも美《び》なり。
月は一庭の樹《じゆ》を照《て》らし、樹は一庭の影を落し、影と光と黒白《こくびやく》斑々《はん/\》として庭《には》に満《み》つ。椽《えん》に大《おほい》なる楓《かへで》の如き影あり、金剛纂《やつで》の落せるなり。月光《げつくわう》其《その》滑《なめ》らかなる葉の面《おも》に落ちて、葉は宛《さ》ながら碧玉《へきぎよく》の扇《あふぎ》と照《て》れるが、其上《そのうへ》にまた黒き斑点《はんてん》ありてちら/\躍《おど》れり。李樹《すもゝ》の影の映《うつ》れるなり。
月より流るゝ風《かぜ》梢《こずえ》をわたる毎《ごと》に、一庭の月光《げつくわう》と樹影《じゆえい》と相抱《あひいだ》いて跳《おど》り、白《はく》揺《ゆ》らぎ黒《こく》さゞめきて、其中《そのなか》を歩《ほ》するの身《み》は、是《こ》れ無熱池《むねつち》の藻《も》の間《ま》に遊《あそ》ぶの魚《うを》にあらざる
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