政治上に謀叛して死んだ。死んでもはや復活した。墓は空虚だ。いつまでも墓に縋《すが》りついてはならぬ。「もし爾《なんじ》の右眼爾を礙《つまず》かさば抽出《ぬきだ》してこれをすてよ」。愛別、離苦、打克たねばならぬ。我らは苦痛を忍んで解脱せねばならぬ。繰り返して曰《い》う、諸君、我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。
 諸君、幸徳君らは乱臣賊子となって絞台の露と消えた。その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を悲しむであろう。要するに人格の問題である。諸君、我々は人格を研《みが》くことを怠ってはならぬ。



底本:「日本の名随筆 別巻91 裁判」作品社
   1998(平成10)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「謀叛論」岩波書店
   1976(昭和51)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振り
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