》たる余の十二名は天の恩寵によって立派に絞台の露と消えた。十二名――諸君、今一人、土佐で亡くなった多分自殺した幸徳の母君あるを忘れてはならぬ。
かくのごとくして彼らは死んだ。死は彼らの成功である。パラドックスのようであるが、人事の法則、負くるが勝である、死ぬるが生きるのである。彼らはたしかにその自信があった。死の宣告を受けて法廷を出る時、彼らの或者が「万歳! 万歳!」と叫んだのは、その証拠である。彼らはかくして笑《えみ》を含んで死んだ。悪僧といわるる内山愚童の死顔《しにがお》は平和であった。かくして十二名の無政府主義者は死んだ。数えがたき無政府主義者の種子《たね》は蒔《ま》かれた。彼らは立派に犠牲の死を遂げた。しかしながら犠牲を造れるものは実に禍《わざわい》なるかな。
諸君、我々の脈管には自然に勤王の血が流れている。僕は天皇陛下が大好きである。天皇陛下は剛健質実、実に日本男児の標本たる御方である。「とこしへに民安かれと祈るなる吾代《わがよ》を守れ伊勢の大神《おおかみ》」。その誠《まこと》は天に逼《せま》るというべきもの。「取る棹《さお》の心長くも漕《こ》ぎ寄せん蘆間小舟《あしまのお
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